ボール置き埸

読書メモと勉強したことのまとめ。

語「犬笛」の暴力性

 政治に関する話題で、少し前から「犬笛」という単語が使われるようになった。

 「犬笛 dog whistle」には二種類の意味がある。Cambridge Dictionalyによれば

  1. 犬を訓練するために使用される笛で、人間には聞こえない非常に高い音がする
  2. 特定のグループ、特に人種差別やヘイトの感情を持つ人々に理解されることを意図して、しかし実際にはこれらの感情を表現することなく行われる、政治家による発言、スピーチ、広告など

https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/dog-whistle

 2の意味は1の意味をもとにして派生した意味である。犬笛の例、そして犬笛の悪さに関しては以下の動画が参考になるだろう。

政治家が使う秘密の「犬笛」 隠れた人種差別メッセージとは - BBCニュース

 

 私がここで問題にしたいのは、犬笛という現象ではない。その現象を指示する単語として「犬笛」を使うことである。

 「犬笛」の第一の意味をもう一度みてほしい。

  1. 犬を訓練するために使用される笛で、人間には聞こえない非常に高い音がする

犬笛は、原義的には、犬の訓練、しつけに使われる笛である。表現の意図するところが伝わってくれることを願うが、犬笛は、犬を飼い主に従属させるための道具である。

 

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『差別の倫理学のラウトレッジハンドブック』の「イントロダクション」(Kasper Lippert-Rasmussen)

  • 書誌情報
  • 導入 Introduction
  • 概念的問題 Conceptual issues
  • 差別の不正さ The wrongness of discrimination
  • 被差別者のグループ Groups of discriminatees
  • 差別の現場 Sites of discrimination
  • 差別をなくすことと軽減すること Eliminating and neutralizing discrimination
  • 差別の歴史 History of discrimination
  • 結論 Conclusion

 

本記事は、英米圏の差別の哲学・倫理学に関するハンドブックの導入の要約である。この章はハンドブックの各章の紹介になっており、また差別の哲学の広さが分かるようになっている(種差別に一切触れてないのは驚きであるが)。

日本語で議論を紹介している論文としては、例えば堀田の論文がある。

堀田義太郎. (2014). 差別の規範理論: 差別の悪の根拠に関する検討. 社会と倫理, (29), 93-109.

 

書誌情報

Lippert-Rasmussen, K. (2018) The philosophy of discrimination: an introduction. In The Routledge Handbook of the Ethics of Discrimination, Routledge, 1-16

www.routledge.com

導入 Introduction

  • 差別は重要なテーマである
    • 個人が受ける不利益や無礼な扱いが、差別に起因するものもあれば、差別に相当するものもある
    • (少なくとも)アメリカの公民権運動以来、そうした差別が前面に出てきた
    • 差別を理解することは、社会的不平等や政治・歴史を理解する上で重要
  • 差別の本質を明らかにしようとする学問は様々にある
  • このハンドブックにはこれらすべてが含まれるが、主要なレンズは哲学
    • 因果関係や記述的問題ではなく、概念的、規範的な問題を中心とする
    • しかし哲学と他分野の区別は明確ではない
      • 哲学においても経験的知識を必要とするし、他分野においても概念的・規範的前提を必要とする
  • 最近まで差別の哲学の文献はほとんどなかったが、増えつつある
    • Alexander, L. (1992) “What makes wrongful discrimination wrong?”, University of Pennsylvania Law Review 141: 149–219.
    • Cavanagh, M. (2002) Against Equality of Opportunity (Oxford: Clarendon Press).
    • Edmonds, D. (2006) Caste Wars: A Philosophy of Discrimination (London: Routledge).
    • Eidelson, B. (2015) Discrimination and Disrespect (Oxford: Oxford University Press).
    • Gardner, S. (1996) “Discrimination as Injustice”, Oxford Journal of Legal Studies 16: 353–368.
    • Hellman, D. (2008) When Is Discrimination Wrong? (Harvard University Press).
    • Hellman, D. and Moreau, S. (2013) Philosophical Foundations of Discrimination Law (Oxford: Oxford University Press).
    • Khaitan, T. (2015) A Theory of Discrimination Law (Oxford: Oxford University Press).
    • Lippert-Rasmussen, K. (2013) Born Free and Equal? (Oxford: Oxford University Press).
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2020年に読んだ本

  • 全体を通して
  • 読んでよかった本(特によかったのは太字)
  • 1月
  • 2月
  • 3月
  • 4月
  • 5月
  • 6月
  • 7月
  • 8月
  • 9月
  • 10月
  • 11月
  • 12月

 

2020年の読書メーター
読んだ本の数:90
読んだページ数:27810 (76/day)

読書メーターに年単位のまとめ機能があるとは知らなかったので、どうせならと思ってまとめた。

全体を通して

月によって忙しさが異なり、今年は読めたり読めなかったりしていた気がする。ただ、必ず月に1冊は読めていたようで、自分をほめたい。

 大きなこととしては、洋書をそのまま読めたこと。今年の5月あたりはdeeplに頼りまくって読んでいたが、10月の*Metaethics*はほぼそのまま読めたので、これは成長したあかしだと思っている。

 また、一定期間に集中して読むテーマを決めているときがあり、1月~2月は現代思想、2月後半~3月は心の哲学、4月は動物学、5月は法哲学、12月はトランスジェンダーを中心にジェンダー論系を読んだ。このやり方は自分に結構あっている。集中して読むことで用語や考え方・議論のくせを学ぶことができ、分野に通じることが容易になった。とはいえ、ある程度読むと飽きるので、途中途中で軽めの本を挟みながら読むのがいいかもしれない。

 あとやっぱり現代思想(特にポストモダン)系は無理。(いくつかの例外を除いて)二度と読みたくない。

 今年は、本だけでなく自分の専門の論文も読みまくった。読めてない月は主に専門分野の論文を読んでおり、何も読んでない期間はほぼない気がする。

 結論としては、全体を通してほぼ満足のいく読書年だったと思う。

 

読んでよかった本(特によかったのは太字)

  • 統治と功利(再読)
  • フェミニズム政治学
  • 21世紀の啓蒙
  • シリーズ心の哲学全般(特にシリーズ 新の方)
  • [ケンブリッジ・コンパニオン]徳倫理学
  • Utilitarianism: A guide for the perplexed
  • 利己的な遺伝子
  • 意識の進化的起源
  • Consequentialism (new problems of philosophy)
  • Ideal Code, Real World: A Rule-Consequentialist Theory of Morality
  • 実践・倫理学
  • 知覚の哲学入門
  • 食物倫理(フード・エシックス)入門: 食べることの倫理学
  • Metaethics (Routledge Contemporary Introductions to Philosophy)
  • 現代認識論入門: ゲティア問題から徳認識論まで
  • 話し手の意味の心理性と公共性
  • 言語における意味
  • 釜ヶ崎から: 貧困と野宿の日本
  • 研究指導 (〈シリーズ 大学の教授法〉5)
  • ことばとジェンダー
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行為功利主義と規則功利主義(シリーズ:功利主義を掘り下げる3)

  • 0 はじめに
  • 1 規則功利主義とは何か
  • 2 規則功利主義の問題点
    • 2.1 よくある批判
      • 2.1.1 崩壊問題
      • 2.1.2 ルール崇拝問題
      • 2.1.3 部分順守問題
    • 2.2 洗練された規則功利主義の問題点
      • 2.2.1 要求性の問題:規則功利主義の場合
      • 2.2.2 「災い」をどう判断するか*14
      • 2.2.3 規則功利主義の取りうる選択肢
    • 2.3 2節のまとめ
  • 3 行為功利主義の検討
    • 3.1 行為功利主義の問題点
      • 3.1.1 要求性の問題:行為功利主義の場合
      • 3.1.2 特別な関係にある人への義務の無視
      • 3.1.3 行為の過剰な許容性
      • 3.1.4 規則功利主義による回答
    • 3.2 行為功利主義による回答
      • 3.2.1 要求性の問題への回答
      • 3.2.2 特別な義務の無視への回答
      • 3.2.3 行為の過剰な許容性の問題への回答
    • 3.3 3節のまとめ
  • 4 まとめ
  • 参考文献

 

mtboru.hatenablog.com

 

行為功利主義と規則功利主義をめぐる簡潔な説明は以下で行っている。

mtboru.hatenablog.com

0 はじめに

功利主義の一般的な理解は「行為が正しいのは、その行為が他の行為と比べてより善い帰結を生み出すとき、そのときのみである」というものだろう。これは行為功利主義と呼ばれる形態の功利主義である。行為功利主義功利主義批判のやり玉にあげられることが多く、典型的な「功利主義批判」のほとんどは行為功利主義に対するものである。

 だが功利主義の取りうる立場は行為功利主義だけではない。その最も代表的な代替案が規則功利主義である。規則功利主義は次のように定式化される。(これは粗雑な定義であり、再度定式化する)

規則功利主義

  1. ある行為が正しいのは、最適規則体系に該当する行為であるとき、そのときのみである。 
  2. ある規則体系が最適規則体系であるのは、その規則体系が他のどの規則体系と比べても、少なくとも同等以上に善い帰結(より大きな福利[well-being])をもたらすとき、そのときのみである。

行為功利主義との最も大きな相違点は、行為の評価の仕方である。行為功利主義において、行為は「その行為が他の行為と比べてより善い帰結を生み出す」かどうかで評価される。つまり行為は、その行為の帰結の観点から直接的に評価される。一方で規則功利主義では、行為は「最適規則体系に該当する行為である」かどうかで評価される。つまり、行為は規則から評価され、規則が帰結の観点から直接的に評価されることになり、評価は二段階に分かれる。

 規則功利主義は行為功利主義によくある批判を回避できるという点で支持されることが多い。例えば「行為功利主義では、最大善を生み出すためなら、嘘をついたり約束を破ったりしてしまう」という批判があるが、規則功利主義では「最大善を生み出すことができるとしても、嘘をついたり約束を破ったりすることは最適規則体系で禁止されていることなので、してはならない」としてこの批判を回避できる。これは直観に適っているという点で非常に魅力的だと主張されることが多いし、実際、規則功利主義を取る動機として直観との整合性を第一にあげる哲学者もいる(Hooker 2000、ただし、Hookerは規則功利主義ではなく独自の規則帰結主義を採用している)。

 だが、規則功利主義は正しいのだろうか。そして行為功利主義は間違っているのだろうか。このことを検討することが本記事の目的である。

 本記事の構成について説明する。1節では、上で示された規則功利主義をより具体的に定式化し、規則功利主義の2つの形態を示す。また規則功利主義の魅力を説明する。1節の最後では、よく混同される間接功利主義と規則功利主義の違いについても説明する。2節では規則功利主義の検討を行い、規則功利主義は魅力的でないことを示す。3節では行為功利主義の検討を行う。よくある批判を回避できるかを中心に検討し、行為功利主義が規則功利主義と比べて魅力的であることを示す。4節で以上の内容をまとめる。

 なお、日本語で読める規則功利主義の説明や検討は、安藤(2007 第2章, 2017)や永石(2014)で読める。

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道徳理論の本質とその評価:Krister Bykvist *Utilitarianism: A Guide for the Perplexed* 第二章の読書メモ

本記事は

Krister Bykvist. *Utilitarianism: A Guide for the Perplexed*

の第二章「道徳理論の本質とその評価」の読書メモである。

 この本は"A Guide for the Perplexed"『迷える人のためのガイド』シリーズの一冊で、他にはスコフィールドの『ベンサム』がある。こちらは邦訳がある。 

ベンサム―功利主義入門

ベンサム―功利主義入門

 
Bentham: A Guide for the Perplexed (Continuum Guides for the Perplexed)

Bentham: A Guide for the Perplexed (Continuum Guides for the Perplexed)

 

  スコフィールドの方は入門的な内容だが、ビクビストの本書はかなり突っ込んだ内容になっており、「初心者向けではない」みたいなことを本文で述べている。

 私はこれを読んでかなり勉強になっているので、功利主義について少し知っている人で、さらに詳しく知りたい(あるいは功利主義を論破したい)という場合にはこの本をおすすめしたい。

 この第二章は規範倫理学における道徳理論はどのような理論なのかを説明をしている。特に「Moral theory and the criterion of rightness 道徳理論と正しさの基準」は日本語文献ではほぼ見られないような説明をしているので、規範倫理学に興味のある方に読んで欲しい。

 

  • Chapter two: The Nature and Assessment of Moral Theories 道徳理論の本質と評価
    • Normative ethics 規範倫理学
    • Moral theory and the criterion of rightness 道徳理論と正しさの基準
    • How to test moral theories 道徳理論をどうテストするか

 

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ヴィーガンはパーム油も避けるべきか?

  • 0 はじめに
  • 1 パーム油について
  • 2 パーム油の生産方法をどうすべきか?
  • 3 「できる限り」の意味する範囲
  • 4 他の植物油の使用
  • 5 まとめ

 

0 はじめに

本記事はパーム油の問題について取り上げ、それについて検討する記事である。パーム油は多くの環境問題を引き起こしており、非常に問題となっている。しかし、一定数のヴィーガンは(私も含め)「パーム油は仕方ないよね」と考えていることだろう。だが、いざ真剣に考えてみると「仕方ないよね」では済まされない部分がある。本記事では「仕方ないよね」と考えるヴィーガン(や非ヴィーガン)に向けて、仕方なくないよ、ということを説明する。

 1節でパーム油の問題とパーム油のメリットについて説明する。2節で「持続可能なパーム油」の生産について説明する。そして3節で、以上の情報をもとに、パーム油を避けるべきか、避けるならどの程度避けるべきかを検討する。4節でパーム油ではない、他の植物油の使用について検討する。5節でまとめる。

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What Is This Thing Called Knowledge? 4th ed. の第13章 moral knowledgeの読書メモ

この記事は

*What Is This Thing Called Knowledge? 4th ed.*

の第13章 moral knowledge(道徳的知識)の読書メモです。

この本の第一部(第1章~第6章)の読書メモは以下で公開しています。

mtboru.hatenablog.com

 

おそらくいろいろと参考になる部分があると思うので、この章の読書メモを公開します。

  • The problem of moral knowledge
  • Scepticism about moral facts
  • Scepticism about moral knowledge
  • The nature of moral knowledge I: classical foundationalism
  • The nature of moral knowledge II: alternative conceptions
  • 感想
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