- 忙しい人のために
- 本書の内容
- 第一章:導入
- 第二章:六つの批判
- 第三章:理由と正しさの関係
- 第四章:福利(well-being)
- 第五章:二種類の理由
- 第六章〜第九章:道徳的権利、正義と平等、正統性と民主主義、徳
- 第十章:結論
- コメント
- 問題点1:超義務(supererogatory)に関する直観をうまく説明できない
- 問題点2:パターンの適格性条件の一つをアドホックに説明している
- 問題点3:保守的になる可能性が高い
- 問題点4:倫理的諸概念を道具的にしか擁護できない
- 問題点5:重要な批判のいくつかを検討してない
本記事は、Cristopher Woodard (2019) Taking Utilitarianism Seriously, OUPの書評である。
Woodardの本書は、2022年時点でおそらく最も新しい功利主義に関するモノグラフ*1であり、ここ最近までの研究蓄積をもとに功利主義を積極的に擁護している。功利主義の魅力の一つは道徳哲学と政治哲学の問題をどちらも単一の理論で論じることにあるが、本書も両方の問題を扱っている。
本書評の構成は以下のとおりである。本書評は全体で2万字を超えているので、まず最初に本書の最も重要なところをまとめる。次に、本書全体の構成を説明し、各章の内容をそれぞれ説明する。最後に、本書に対するコメントを述べる。以下、断りがなければページ数は本書のページ数を表す。
より細かな論点、および補足は注に逃しているので、気になる人は参照されたい。
以下は本書の目次である。
- Introduction
- What Is Utilitarianism?
- What Is to Come
- Six Objections
- Pig Philosophy
- Abhorrent Actions
- Demandingness
- Separateness of Persons
- Politics
- Psychology
- Conclusion
- Basic Ideas
- Reasons
- Rightness
- Two Ways to Avoid Fragmentation
- Three Ways to Accommodate Fragmentation
- Utilitarian Theories of Reasons
- Conclusion
- Well-Being
- Philosophical Theories of Well-Being
- What We Know about Well-Being
- Alienation as Evidence
- Changing Values
- Discovering What Is Good for You
- Promoting Well-Being
- Conclusion
- Two Kinds of Reasons
- Act Consequentialism
- Pluralism
- The Minimal Constraint on Eligibility
- Rule Consequentialism
- Accepting the Willingness Requirement
- Narrowing Eligibility
- Conclusion
- Moral Rights
- The Concept of Moral Rights
- Existing Utilitarian Theories of Moral Rights
- A Broader Indirect Theory
- The Benefits of Respect for Moral Rights
- The Contingency of Moral Rights
- Conclusion
- Justice and Equality
- Distributive Justice
- Justice for Utilitarians
- Kinds of Equality
- Utilitarianism and Substantive Equality
- Known Expensive Needs
- Conclusion
- Legitimacy and Democracy
- Government House Utilitarianism
- Democracy as Eliciting and Aggregating Preferences
- Legitimacy and its Political Importance
- Utilitarianism and Legitimacy
- Should Utilitarians Be Democrats?
- Conclusion
- Virtuous Agents
- Reasons and Rightness
- Cluelessness
- Good Decision Procedures
- Praiseworthiness
- Virtue
- Conclusion
- Conclusion
忙しい人のために
本書の理論的に重要なところは第五章にまとまっている。Woodardは善から理由を、理由から正を説明するという説明関係を前提に、二つの規範理由が存在することを論じる。一つ目は行為に基づく理由であり、これは従来の行為功利主義が認めてきた理由である。二つ目は、これがWoodardの理論の特徴なのだが、パターンに基づく理由である。ここで「パターン」とは、任意のトークン行為の組み合わせから構成されるものである。行為者には、行為に基づく理由だけでなく、適格なパターンに参加することというパターンに基づく理由もある。
従来の行為功利主義への批判として、例えば「帰結を少し改善するためだけに約束を破るべきではない」ことを説明できないというものがある。もちろん行為功利主義側からも応答されてきたが、Woodardはパターンに基づく理由からこれを説明する。この例において、たしかに、帰結がさらに改善されるという意味で約束を破ることへのより強い理由があるが、それは行為に基づく理由である。一方、ここにはパターンに基づく理由もある。行為者は、<すべての人について、その人は約束を守る>というパターン(P)に参加することによって、パターンに基づく理由に基づいて行為することができる。P自体の善さは、その構成要素の各行為から生じる帰結の善さによって評価できる。功利主義においては、Pが生み出す福利によってPの善さが決まる。よって、このPに参加するパターンに基づく理由があるので、約束を守る理由があることを説明できる。
だが、パターンに何の制約もないならば、仮定より、あなたが約束を破れば帰結が改善されるので、ここでの最善のパターンは<あなた以外のすべての人についてその人は約束を守り、あなたは約束を破る>(P*)ということになってしまう*2。Woodardはこれを避けるために、パターンが適格(eligible)であるための制約を三つ設ける。ここで関係する制約は、そのパターンが「慣行(practice)」を構成している場合にのみパターンは適格である、という制約である。これによって、P*は慣行を構成しないので適格ではなく、このパターンに参加するパターンに基づく理由は存在しない。一方、<すべての人について、その人は約束を守る>というパターンPは、約束という慣行を構成するので、適格である。したがって、Pに参加するパターンに基づく理由があるといえる。
Woodardはパターンに基づく理由を用いて、道徳的権利、賞賛に値するという性質、徳などを説明する。パターンの適格性に関して大きな問題があると思うが(本記事の後ろの方で議論する)、少なくとも、今後の発展を期待できる功利主義ではあると思う。
また本書には、パターンに基づく理由にあまり言及しない議論がいくつもある。例えば、功利主義から実質的平等に関する直観をどのように説明するか、政治的正統性をどう説明するかなど、従来の功利主義的議論に新たな議論を追加しており、この辺りの議論はどういう功利主義構想でも利用できるだろう。またWoodardは反照的均衡を求める方法論を採用しているので、直観から大きく外れないように気をつけて議論しているのも、ほとんどの人にとって興味深い点だろう。
続きを読む