ボール置き埸

読書メモと勉強したことのまとめ。

昆虫食の是非(Fischer, 2019, 5.4)

 

文献情報

Fischer, B. (2019). The ethics of eating animals: Usually bad, sometimes wrong, often permissible. Routledge.

本記事はFischer (2019)の第5章4節の昆虫食に関する議論の紹介である。

5章は功利主義を前提とした場合の議論を検討する章なので、5.4.2では功利主義的議論が検討されている。功利主義的議論は経験的証拠に依存するところが多いため、この議論を検討することは義務論的な議論を検討する上でも重要になりえると思う。

 

 

5.4 昆虫(Insects)

  • 昆虫の意識についてはより複雑
    • もし意識がないなら、それを食べることを強く支持される
      1. 誰でも飼育して調理できる
      2. 加工が簡単で食の安全性に心配しなくていい
      3. 健康的
      4. 環境にやさしい。廃棄されるはずのものを栄養価の高い食品に変える
  • もし昆虫に意識があれば、人間一人あたりに必要な数を考えれば、昆虫の養殖に反対する主張は強力

 

5.4.1 昆虫に意識はあるか?(Are Insects Conscious?)

  • 意識があるのはたしかだ、と主張するのは難しい。
    • 昆虫は複雑な行動をする[事例がいろいろ列挙されている]ため、意識を有している可能性はある。
      • 意識を仮定せずに行動を説明できる限り、昆虫の意識は否定されるべきだという推論もできる(モーガン公準
    • もっと鋭い証拠が必要
  • 昆虫が痛み(pain)を感じるなら、意識を持ってるだろう
    • 痛みについての証拠の解釈は難しい。
    • 一部の昆虫は鎮痛剤に反応し、否定的刺激に反応するニューロンのシグナルがブロックされることが示唆されてる、等々の証拠はある
  • とはいえ、人間が期待するような反応を示さないこともある
    • 例:昆虫は激しい損傷を負っても通常の活動を続ける
      • もちろん、痛みをブロックするシステムがあるし、生存確率が低い状況ではただ前進するのが最善の利益かもしれない。
      • また昆虫のキチン(外骨格)は再生しないので、損傷部分を保護するインセンティブがない
  • このような相反することを単独で考えるのは難しいので、理論的理由も考慮する必要がある。2つの点に注意
    1. 昆虫の神経系は小さく、分散している(ニューロンの数は一般に100万を超えないが、ヒトは約100億[補足:ゼブラフィッシュは1000万程度])
      • 認知の高度さがニューロンの数や組織によって異なり、意識はその高度な情報処理であるとするなら、あまり可能性は高くない
    2. 意識が進化的に「高価」な情報処理であると考えるならば、より単純な認知メカニズムでは説明しがたい行動を示さない限り、昆虫が意識を持つという仮説に高い蓋然性を与えるべきではない
      • 現在のAIは昆虫と同じような行動を取ることができるが、AIやロボットの場合はそうプログラムされてるだけ
  • 別の議論:Barron and Klein (2016)は、Merkerの議論を使って、意識は情報を統合する必要から生じると議論し、昆虫について次のように指摘
    • 昆虫の脳と脊椎動物の脳の機能構成は類似している。システム全体として効果的な意思決定ができてる、などなど。
    • 昆虫の情報処理も同程度に統一されてるので、主観的経験を支持しうる
  • 意識の理論にはいろいろある
    • 高次の思考が必要、自己の気づきが必要、などなど
    • 上の理論を前提にしても、昆虫には現象的意識はなくアクセス意識しかない*1かもしれないが、どの程度かはわからない

 

5.4.2 昆虫食を支持する功利主義的議論(The Utilitarian Argument for Entomophagy)

  • 昆虫食は莫大な数の昆虫を殺すため、確率が低くても期待効用はマイナスかも。
  • これを否定する人がいる。Meyers (2013)は、昆虫が飼育される条件は苦痛を与えない条件である(昆虫は不潔な環境を好む等)としている。
  • 重要なのは昆虫の意識の確率だけでなく、昆虫畜産が昆虫にとって実際に悪いかどうか。
    • 昆虫にとって実際に悪い確率が小さいなら、数は関係がなく、植物生産による有感な動物の危害は昆虫食に期待効用計算が傾くのに十分かも*2
  • だがこの議論は早急すぎる。
    • 昆虫畜産での死亡率はかなり高い。病気や共食いなどもあるが、多くは理由不明
      • 著者(Fischer)がコオロギ畜産家と話したところ、損失が20%以下であればうまくいってるらしい。
  • また期待効用はマイナスと考えるのが妥当。
    • 簡単化のために期待死亡数に注目する。
    • 植物と昆虫の生産の比較
      • 大豆畑では1エーカー(約4047平方メートル)あたり約2868ポンド(約1300kg)の大豆を生産
      • ミルワームの重さは約100mg、大豆生産を置き換えるなら1エーカーあたり1300万匹必要
      • ミルワームが意識をもつ確率を1%と仮定すると、期待値として13万匹の意識をもつミールワームが死ぬ。
    • よって[植物生産では動物はそこまで死なないので]植物生産が望ましいと思われる
  • だが植物生産に伴う害虫管理を計算すると結果は逆になる。
    • 推定値はばらついてるが、1エーカーあたり平均1,000万匹の無脊椎動物が常に生息していると仮定。
    • 大豆が成熟するのに90日〜150日かかり、10日おきくらいに殺虫剤が散布されるかもしれない。大豆が成熟するまで平均100日かかり、害虫管理戦略によって常時個体群の13%でも殺すことができ、意識を持つ確率が1%だと仮定すると、13万匹の死が期待される[植物生産はこれに加えて他の野生動物に危害が加えられてるので昆虫食が支持される]
  • これは推測でしかないが、以上の議論は植物生産の擁護に都合のいい推測に基づく。
    • 1エーカーあたり平均1,000万匹は非常に控えめで、さらに、害虫管理戦略はもっと多くを殺してる
      • 例:ある研究では殺虫剤の散布で80%以上が死んでる*3
  • ただし、昆虫畜産がリサイクル肥料や使用済み穀物、余り物などを使用しないならば、植物生産が有利になる。
    • 理由は、飼料作成+昆虫畜産の両方で殺された昆虫をカウントしなければならないから。
    • とはいえ現状はそうではなく、期待死亡数での評価はおそらく昆虫畜産を支持する

 

*1:ネド・ブロックによる区別。以下の記事を参照のこと。

  • w.atwiki.jp

    *2:本章のこれより前の節で、植物の生産にあたって害を被る動物の話がなされており、そうした動物の苦痛量も功利計算に含めなければならない、と議論されている。

    *3:そしてもしそうなら、上の議論は植物生産に有利な推測で議論しても昆虫食が支持されるので、昆虫食を支持するさらに強い理由になる、となるだろう。