ボール置き埸

私が興味を持ったことに関して述べるブログです。基本的に自分の考えをまとめ、記録することが目的です。長文の記事ばかりになると思います。もし批判等あればコメントをお願いします。※ルッキズム関連の記事について、今は少し考え方が変わっているので、昔の私の考え方だったというように思ってください。

行為功利主義と規則功利主義(シリーズ:功利主義を掘り下げる3)

  • 0 はじめに
  • 1 規則功利主義とは何か
  • 2 規則功利主義の問題点
    • 2.1 よくある批判
      • 2.1.1 崩壊問題
      • 2.1.2 ルール崇拝問題
      • 2.1.3 部分順守問題
    • 2.2 洗練された規則功利主義の問題点
      • 2.2.1 要求性の問題:規則功利主義の場合
      • 2.2.2 「災い」をどう判断するか*14
      • 2.2.3 規則功利主義の取りうる選択肢
    • 2.3 2節のまとめ
  • 3 行為功利主義の検討
    • 3.1 行為功利主義の問題点
      • 3.1.1 要求性の問題:行為功利主義の場合
      • 3.1.2 特別な関係にある人への義務の無視
      • 3.1.3 行為の過剰な許容性
      • 3.1.4 規則功利主義による回答
    • 3.2 行為功利主義による回答
      • 3.2.1 要求性の問題への回答
      • 3.2.2 特別な義務の無視への回答
      • 3.2.3 行為の過剰な許容性の問題への回答
    • 3.3 3節のまとめ
  • 4 まとめ
  • 参考文献

 

mtboru.hatenablog.com

 

行為功利主義と規則功利主義をめぐる簡潔な説明は以下で行っている。

mtboru.hatenablog.com

0 はじめに

功利主義の一般的な理解は「行為が正しいのは、その行為が他の行為と比べてより善い帰結を生み出すとき、そのときのみである」というものだろう。これは行為功利主義と呼ばれる形態の功利主義である。行為功利主義功利主義批判のやり玉にあげられることが多く、典型的な「功利主義批判」のほとんどは行為功利主義に対するものである。

 だが功利主義の取りうる立場は行為功利主義だけではない。その最も代表的な代替案が規則功利主義である。規則功利主義は次のように定式化される。(これは粗雑な定義であり、再度定式化する)

規則功利主義

  1. ある行為が正しいのは、最適規則体系に該当する行為であるとき、そのときのみである。 
  2. ある規則体系が最適規則体系であるのは、その規則体系が他のどの規則体系と比べても、少なくとも同等以上に善い帰結(より大きな厚生welfare)をもたらすとき、そのときのみである。

行為功利主義との最も大きな相違点は、行為の評価の仕方である。行為功利主義において、行為は「その行為が他の行為と比べてより善い帰結を生み出す」かどうかで評価される。つまり行為は、その行為の帰結の観点から直接的に評価される。一方で規則功利主義では、行為は「最適規則体系に該当する行為である」かどうかで評価される。つまり、行為は規則から評価され、規則が帰結の観点から直接的に評価されることになり、評価は二段階に分かれる。

 規則功利主義は行為功利主義によくある批判を回避できるという点で支持されることが多い。例えば「行為功利主義では、最大善を生み出すためなら、嘘をついたり約束を破ったりしてしまう」という批判があるが、規則功利主義では「最大善を生み出すことができるとしても、嘘をついたり約束を破ったりすることは最適規則体系で禁止されていることなので、してはならない」としてこの批判を回避できる。これは直観に適っているという点で非常に魅力的だと主張されることが多いし、実際、規則功利主義を取る動機として直観との整合性を第一にあげる哲学者もいる(Hooker 2000、ただし、Hookerは規則功利主義ではなく独自の規則帰結主義を採用している)。

 だが、規則功利主義は正しいのだろうか。そして行為功利主義は間違っているのだろうか。このことを検討することが本記事の目的である。

 本記事の構成について説明する。1節では、上で示された規則功利主義をより具体的に定式化し、規則功利主義の2つの形態を示す。また規則功利主義の魅力を説明する。1節の最後では、よく混同される間接功利主義と規則功利主義の違いについても説明する。2節では規則功利主義の検討を行い、規則功利主義は魅力的でないことを示す。3節では行為功利主義の検討を行う。よくある批判を回避できるかを中心に検討し、行為功利主義が規則功利主義と比べて魅力的であることを示す。4節で以上の内容をまとめる。

 なお、日本語で読める規則功利主義の説明や検討は、安藤(2007 第2章, 2017)や永石(2014)で読める。

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Krister Bykvist *Utilitarianism: A Guide for the Perplexed* 第二章の読書メモ

本記事は

Krister Bykvist. *Utilitarianism: A Guide for the Perplexed*

の第二章「道徳理論の本質と評価」の読書メモである。

 この本は"A Guide for the Perplexed"『迷える人のためのガイド』シリーズの一冊で、他にはスコフィールドの『ベンサム』がある。こちらは邦訳がある。 

ベンサム―功利主義入門

ベンサム―功利主義入門

 
Bentham: A Guide for the Perplexed (Continuum Guides for the Perplexed)

Bentham: A Guide for the Perplexed (Continuum Guides for the Perplexed)

 

  スコフィールドの方は入門的な内容だが、ビクビストの本書はかなり突っ込んだ内容になっており、「初心者向けではない」みたいなことを本文で述べている。

 私はこれを読んでかなり勉強になっているので、功利主義について少し知っている人で、さらに詳しく知りたい(あるいは功利主義を論破したい)という場合にはこの本をおすすめしたい。

 この第二章は規範倫理学における道徳理論はどのような理論なのかを説明をしている。特に「Moral theory and the criterion of rightness 道徳理論と正しさの基準」は日本語文献ではほぼ見られないような説明をしているので、規範倫理学に興味のある方に読んで欲しい。

 

  • Chapter two: The Nature and Assessment of Moral Theories 道徳理論の本質と評価
    • Normative ethics 規範倫理学
    • Moral theory and the criterion of rightness 道徳理論と正しさの基準
    • How to test moral theories 道徳理論をどうテストするか

 

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ヴィーガンはパーム油も避けるべきか?

  • 0 はじめに
  • 1 パーム油について
  • 2 パーム油の生産方法をどうすべきか?
  • 3 「できる限り」の意味する範囲
  • 4 他の植物油の使用
  • 5 まとめ

 

0 はじめに

本記事はパーム油の問題について取り上げ、それについて検討する記事である。パーム油は多くの環境問題を引き起こしており、非常に問題となっている。しかし、一定数のヴィーガンは(私も含め)「パーム油は仕方ないよね」と考えていることだろう。だが、いざ真剣に考えてみると「仕方ないよね」では済まされない部分があると考えるに至った。そこで本記事では「仕方ないよね」と考えるヴィーガン(や非ヴィーガン)に向けて、仕方なくないよ、ということを説明する。

 1節でパーム油の問題とパーム油のメリットについて説明する。2節で「持続可能なパーム油」の生産について説明する。そして3節で、以上の情報をもとに、パーム油を避けるべきか、避けるならどの程度避けるべきかを検討する。4節でパーム油ではない、他の植物油の使用について検討する。5節でまとめる。

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What Is This Thing Called Knowledge? 4th ed. の第13章 moral knowledgeの読書メモ

この記事は

*What Is This Thing Called Knowledge? 4th ed.*

の第13章 moral knowledge(道徳的知識)の読書メモです。

この本の第一部(第1章~第6章)の読書メモは以下で公開しています。

mtboru.hatenablog.com

 

おそらくいろいろと参考になる部分があると思うので、この章の読書メモを公開します。

  • The problem of moral knowledge
  • Scepticism about moral facts
  • Scepticism about moral knowledge
  • The nature of moral knowledge I: classical foundationalism
  • The nature of moral knowledge II: alternative conceptions
  • 感想
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What Is This Thing Called Knowledge? 4th ed. の第一部の読書メモ

現代認識論の入門書で評価が高い(らしい)

D・Pritchard *What is this thing called Knowledge? (4th ed.)*

What is this thing called Knowledge? (What Is This Thing Called?)

What is this thing called Knowledge? (What Is This Thing Called?)

 

の第一部の読書メモです。

 気になっている方もいると思うので(?)、読書メモ(とモチベ上げ)を兼ねて紹介します。私は認識論に関して戸田山『知識の哲学』しか読んでおらず、英語力も貧弱なので、読み間違ったところがあるかもしれません。その点についてはご指摘いただけると助かります。

 本書は5部20章からできていて、各章は短く簡潔にまとまっています。章末には、その章の要約、練習問題、文献案内があり、とても親切な構成になっています。途中途中に関連するコラムがあり、これもまた面白く飽きが来ません。また英語も平易な方だと思います。(私は構文解釈に苦労することがたまにありましたが、全体的にほとんど一読で構文を理解でき、知らない単語を辞書を引いて読み進められました。)

 以下では第一部を章ごとにまとめたものを紹介します。

 

  • 1 Some preliminaries
  • 2 the value of knowledge
  • 3 difining knowledge
    • The Problem of the Criterion
    • Mehodism and Particularism
    • Knowledge as Justified True Belief
    • Gettier Cases
    • Responding to the Gettie Cases
    • Back to the Problem of the Criterion
  • 4 the structure of knowledge
    • Knowledge and justification
    • The Enigmatic Nature of Jsutification
    • Agrippa's Trilemma
    • Infinitism
    • Coherentism
    • Foundationalism
  • 5 rationality
    • Rationality, justification, and knowledge
    • Epistemic rationality and the goal of truth
    • The goal(s) of epistemic rationality
    • The (un)importance of epistemic rationality
    • Rationality and responsibility
    • Epistemic internalism/externalism
  • 6 virtues and faculties
    • Reliabilism
    • A ‘Gettier’ problem for reliabilism
    • Virtue epistemology
    • Virtue epistemology and the externalism/internalism distinction
  • ここまでの感想

 

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雑考(と文献のご教授のお願い):どういう行為が存在するのか

  • 行為の意図的/物理的観点からの記述
  • 行為の極小化/極大化
  • 行為と環境
  • 個人/共同行為
  • 参考文献

以下のものは雑考で、こういうことについて論じている文献があったら知りたいので教えてほしいです、ということを意図して書いています。教えて下さい。

またこういうことに関連して、興味深い論点があれば、それも教えてほしいです。

この記事のコメントでも構いませんし、

boru//@固定ツイの動画見て (@mtboru) | Twitter

私のツイッターにご連絡いただいても構いません。

よろしくお願いします。

 

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私たちは功利計算すべきか(シリーズ:功利主義を掘り下げる2)

  • 0 はじめに
  • 1 直接・間接功利主義
    • 1.1 直接功利主義への批判
    • 1.2 間接功利主義への批判とその応答
      • 1.2.1 密教道徳
      • 1.2.2 非道徳的な意思決定原理による行為
      • 1.2.3 行為の極小化主義と極大化主義
    • 1.3 間接功利主義が含意すること
  • 2 間接功利主義的な実践
    • 2.1 二次的規則に従う
    • 2.2 よくある誤解に対する間接功利主義的回答
  • 3 まとめ
  • 参考文献

 

0 はじめに

 倫理的な問題について議論しているときに功利主義が出てくると、「功利主義的に考えると〜」とまず間違いなく誰かが言い出す。功利主義者も反功利主義者もよく使う言葉だろう。だがそれは本当に功利主義的に考えているのだろうか。実は「功利主義的に考えると〜」と言いながら、当の本人は実は(本来の意味で)功利主義的に考えてないかもしれない。

 功利主義の最も特徴的なところの一つは功利計算だろう。どのような行為や規則がどのようにして最大多数の最大幸福になるのかを計算することである。誰かが「功利主義的に考えると〜」というときはそれを「功利計算をすると〜」という意味で用いているだろう。だが、この二つが必ず同じ意味にはなるわけではない。これを説明するのが本記事の目的である。

 本記事の構成について。1節で直接功利主義と間接功利主義を区別し、どちらが妥当なのかを示す。2節で間接功利主義における道徳実践について考察する。3節でまとめる。

 また、今回の記事の簡単な説明は入門記事の「2.2 直接功利主義、間接功利主義」ですでに説明してあるので、簡単に済ませたいならそちらを読んでいただくといい。

mtboru.hatenablog.com

 

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