ボール置き埸

読書メモと勉強したことのまとめ。

非ヒト動物を民主主義に含める(Cochrane 2019, ch.6)

Cochrane, A. (2019). Should animals have political rights?. John Wiley & Sons.

Ch.6 Democratic Representation

本書は政治哲学で動物倫理的な仕事をしてきたCochraneによる、簡潔な入門書である。道徳的地位の話から始まり、動物福祉法における地位、憲法における地位、法的地位、政治的地位を扱い、非ヒト動物は一定の道徳的、法的、政治的地位を(ヒトと同様に)持っていることが論じられる。そして本章(第六章)ではそれまでの議論を踏まえ、政治的な領域において非ヒト動物を適切に扱うべきであることが前提とされる。よってこの章では、どうやって非ヒト動物を民主主義システムに適切に組み込むかが問題となる。

 

方法1:非ヒト動物に思いやりのある、同情的な人に投票し、その人たちを政策立案者にして、非ヒト動物の利害関心(interests)を政策立案プロセスに組み込む。これは現状のシステムの変更を必要としない。

この方法の問題点は、そういう人が議席獲得できるとは限らないので、非ヒト動物の利害関心が必ずしも保証されないことである。この問題を回避するために、選挙制度を変えて動物政党により公平にする、熟慮フォーラムなどを開き非ヒト動物の利害関心が政策立案に組み込まれるような状況を適切に設計することなどができる。だが、やはり保証されないままだろう。

ではどのように現状のシステムを変えるべきだろうか。

 

方法2:投票権を賦与する。だが、非ヒト動物は投票できず、立法者がかれらを直接代表することもできない。そこで、何らかの専門家委員会やオンブズマン制度を作り、これらが政策立案者に対して圧力をかけることができれば、かれらの利害関心を政策立案に組み込めるかもしれない。

この方法の問題点は、まず、政策立案者が非ヒト動物の利害関心(を代弁した専門家委員会の話)を聞き入れることを保証できないこと、また、専門家委員会が非ヒト動物の利害関心を効果的に反映できるか疑問であることである。通常、立法者が有権者の利害関心を最低限効果的に政策立案プロセスに反映させるのは、選挙による圧力があるからである。よって、何らかの形で、非ヒト動物たちの民主主義的代表権の行使を認めなければならない。

 

方法3:立法機関の議席の一部を非ヒト動物の利害関心の反映のためだけに用意する。そこに就いた人々の仕事は、非ヒト動物の利害関心を聞き入れ、政策に適切に考慮されてるかどうかを考えることだけにする。これは、うまく機能すれば、非ヒト動物の利害関心を保証するだろう。

問題点は、非ヒト動物は投票できず、自身を代表する代議士の質について理解も熟慮もできないので、人間と同じ様には、選挙の圧力によって議員に効果的に職務遂行させるということができないことである。

解決策の一つは、非ヒト動物の代理選挙を行うことである。だが普通に人々が投票するのでは、結局、非ヒト動物の利害関心を反映できることを保証できない。

二つの解決策がある。第一に、代理選挙での投票者を動物擁護組織に限定することで保証できるかもしれない。だが動物擁護組織を適切に選ぶのは難しい。そこで第二に、投票者ではなく候補者側を、司法によって適格だと認められた、非ヒト動物の利害関心にだけ焦点を当てた政党の者だけに限定することで保証できるかもしれない。

しかし、非ヒト動物の複雑な利害関心を適切に代表するにはまだ不十分かもしれない。

 

方法4:代議士を用意するだけでなく、参政権を賦与する。参政権が重要なのは、政策立案者が人々(と非ヒト動物)の利害関心を正しく理解、解釈するために、政策立案者と人々(と非ヒト動物)の間でのコミュニケーションが必要だからであり、この実現には参政権が必要になる。(ここで想定されている参政権は、市民が互いの意見を調整し、議論し、集団政治組織内で結集し、ロビー活動を行い、代表者を選ぶなどである。)

問題点は、そもそも非ヒト動物が政治に参加するなどということができるのかという点である。ドナルドソンとキムリッカ*1は、障害者の参政権の議論を非ヒト動物に援用している。かれらは、現在の政治参加の理解は「合理主義的」であるが、そうではなくて、政治参加を「身体化されたもの」として捉えるべきであると主張する。例えば、障害者が社会の中で生活することによってその存在感自体が政策決定に影響を与えるような事例があり、同様に非ヒト動物(特にコンパニオンアニマルや都市に住む非ヒト野生動物など)の存在感自体が政策決定に影響を与えることができ、その意味で政治に参加することができる。

存在感自体が政治に影響を与えるというのはそうだろう。だが、それを政治参加と全く同じ様に捉えることは疑わしい。例えば天候の存在感も政策決定に影響を与えるが、だからといって政治に参加できるとは思わないだろう。

では、参政権なしに非ヒト動物の利害関心を政策決定に反映するにはどうすればいいだろうか。重要なのは、代議士が非ヒト動物たちの声を聞くことである。良き代議士に必要なのが人々の複雑な利害関心を、人々の声をよく聞く技術であるように、非ヒト動物と面と向かってかれらの声をよく聞くことが、非ヒト動物を代表することにとって必要なことである。非ヒト動物たちは、参政なしの市民権(citizenship)、あるいは市民権なしのメンバーシップとでも呼ばれるものをもつことになる。

 

*1:

本書の読書メモを別の人がブログ記事にまとめているので参照されたい。

davitrice.hatenadiary.jp