ボール置き埸

読書メモと勉強したことのまとめ。

種差別的言語をやめよう

 

0 はじめに

タイトルの「種差別的言語 speciesist language」とは、非ヒト動物をヒトの下位におき、彼女ら/彼ら/かれらをモノとして扱ったり侮蔑したりする言語のことである。*1

 種差別的言語を説明する前に、まず性差別的言語 sexist language について説明する。 Cambridge Dictionary の sexist language によれば

性差別的言語とは、一方の性を排除したり、一方の性を他方の性より優れていることを示唆するような言語である。例えば、伝統的には、「彼は」「彼を」「彼の」は、両方の性、つまり男性と女性を指す言葉として使われていた。しかし最近では、これらの言葉は「彼女は」「彼女を」「彼女の」は重要ではないか劣っているようにさせると、多くの人が感じている。人々を不快にさせないためにも、性差別的言語を避ける方がよいだろう。

Sexist language is language which excludes one sex or the other, or which suggests that one sex is superior to the other. For example, traditionally, he, him and his were used to refer to both sexes, male and female, but nowadays many people feel that this makes she, her and hers seem less important or inferior. It is best to avoid sexist language in order not to offend people.

 例えば次の例では、「先生 "the teacher"」は性別が不明であるため、自然には「彼は"He"」を埋めようとするだろう。

先生とは、授業をまとめる人のことです。彼は時間を測ったり、イベントの時系列を管理する人です。*2

The teacher is the person who organises the class. He is the one who controls timekeeping and the sequence of events. 

 しかしこれは性差別的言語である。したがって次のように書き換えるべきである。

先生とは、授業をまとめる人のことです。彼女/彼は時間を測ったり、イベントの時系列を管理する人です。

The teacher is the person who organises the class. (S)he is the one who controls timekeeping and the sequence of events.  

 こうしたことは他にも存在する。例えば英語の "they" に対応する日本語の「彼女ら/彼ら/かれら」は、集団の性別が不明か男性に偏っている場合「彼らは」のみで表現されるだろう。しかし「彼らは」という表現は、その集団内の女性を見えなくする恐れがある。

 これは行き過ぎたポリティカル・コレクトネスだろうか。部分的にはそういえるかもしれない。しかし、「彼」"he", "him", "his"のみを用いた場合と、「彼女/彼」"she/he", "her/him", "hers/his" のようにどちらの代名詞も用いた場合とで、私たちの認識が変わることが様々な形で報告されている(その概説は Menegatti, M., & Rubini, M. (2017). Gender Bias and Sexism in Language. で読むことができる)。

 以上のことを考えれば、私たちは性差別的言語の使用を避けるべきである。そしてそうであるなら、私たちは性別のみならず、「動物」に関する差別的言語、つまり種差別的言語も避けるべきであるように思われる。

 以下ではまず、種差別的言語の具体例を紹介する。次に英語における非種差別的言語を紹介する。最後に、英語の非種差別的言語を日本語に適用し、日本語における非種差別的言語を提示する。

 

1 種差別的言語の具体例

「動物」

冒頭の文で気づいた方もいるかもしれないが、種差別的言語の代表例は「動物」である。

 私たちは「動物」と言われて何を思い浮かべるだろうか。多くの人は哺乳類か、あるいは少なくとも脊椎動物を思い浮かべるだろう。しかし「動物」は生物学的には動物界に属する全ての動物を指している。その多様性は、Wikipediaの「動物」の「系統樹」のところで確認できる。

ja.wikipedia.org

このうち、あなたが思い浮かべたのは有脊椎動物くらいだろう(人によってもう少し広いだろう)。またおそらく、そこから「ヒト」は排除されていただろう。

 「動物」という言葉は、日常的には非ヒト動物のみを意味し、またおそらく無脊椎動物のほとんどを排除する。虫やサンゴ、クラゲ、ヒトなどを思い浮かべる人はごくわずかだろう。しかし生物学上の動物は動物界に属するすべての生物を意味する。

 

「何か」「それ」

小説や映画で、次のような場面を見たことがあるだろう。

(ジャングルの中で)

「いま草が動いた、何かがあそこにいるぞ」

おそらくこの人は、「何か」によって非ヒト動物を指しているはずである。もしこれがジャングルの中ではなく街中であれば「誰かがあそこにいるぞ」と言うはずである。こうした表現は、非ヒト動物をモノとして扱っていることを示唆する*3

 英語においても、非ヒト動物を“something”と表現することがある。また関係代名詞に“that”や“which”が、代名詞に“it”が用いられることがある。

It is a cow that is ~ 

英語において、非ヒト動物に名前がある場合、彼女ら/彼らを参照する関係詞には"who"や"whose"が用いられることが多いだろう。しかしもし固有の名前がない場合、彼女ら/彼らは「それ(ら)」とよばれ、モノとして扱われる。

 

「屠殺(とさつ)する」

非ヒト動物、特に家畜動物を「食肉加工」のために殺害する際、「殺害する」や「殺す」と言わずに「屠殺する」と表現することが多い。しかしこの「屠殺する」は「殺害する」と比べて否定的な感情を喚起しないのではないだろうか。

牛を屠殺する

牛を殺害する・牛を殺す

後者の表現では、「誰か」である牛を何らかの意図や動機を持って殺す、というニュアンスがあるように思われるし、また否定的な感情を喚起させるだろう。 一方で「屠殺する」という表現にはそのような意味は含まれない。行われていることが同じであるにもかかわらず否定的な感情が喚起されることもない*4

 

「犠牲者や負傷者はいませんでした」

事故や事件の際、そこに負傷した人や犠牲となった人がいない場合、「犠牲者や負傷者はいませんでした」と報道されることがある。しかしこれは本当だろうか。そこに非ヒト動物はいなかっただろうか。

 例えば「ロードキル」を考えてみよう(この表現がすでに、非ヒト動物の交通事故死のみを意味してしまう点に注意しよう)。交通事故死した動物がヒトであっても非ヒトであっても、同じように意識ある存在が死んでいることに変わりはない。にもかかわらず、報道ではヒトのみが報道されるし、そこで死んだ非ヒト動物は「犠牲となった存在」ではないのである。

 

2 英語の非種差別的言語

以上のような種差別的言語を避けるために、英語の方では「非種差別的言語 Non-Speciesist Language」が提案されている。*5

thesavemovement.org

web.archive.org

ここでは上記のサイトからいくつかの例を紹介する。(スラッシュの左側が種差別的言語、右側が非種差別的言語である)

  • PRONOUNS FOR NONHUMAN ANIMALS(非ヒト動物の代名詞)

    • anything / anyone, anybody

    • everything / everyone, everybody

    • it / they, she, he

    • nothing / no one, nobody

    • something / someone, somebody

    • that, what, which / who

  • HUNTING TERMS

    • bag, collect, cull, harvest, remove (etc.) / kill, murder

    • game, game animals, trophy animals / sport-hunted animals, sport-hunted mammals, targeted nonhuman animals

  • SPORT-FISHING TERMS

    • bait / nonhuman animal used as bait

    • catch n. / caught fishes, killed fishes

    • fight a fish, play a fish / torture a fish

  • ZOO AND AQUAPRISON TERMS
    • aquarium, marine park / aquaprison, aquatic-animal prison

    • aquarium animal, aquarium resident / aquaprison inmate, aquaprison captive

  • FOOD-INDUSTRY TERMS

    • abattoir; meat plant, packing plant, processing plant (in reference to a killing facility) / slaughterhouse

    • agricultural animal, farm animal, farmed animal, food animal / enslaved nonhuman, food-industry captive, nonhuman animal enslaved for food, nonhuman animal exploited for food

このような言い換えに何の意味があるのか、と疑問に思う人もいるかもしれない。そのような人は再度「0 はじめに」に戻って、言語が我々の思考や認識、AIに及ぼす影響を考えて欲しい。また次の動画の視聴を推奨する。(字幕選択で日本語字幕にできる)

 

3 日本語の非種差別的言語

ここまでの内容から、以下では日本語の非種差別的言語の素描を提示する。

言い換え

  • 「動物」ではなく「非ヒト動物」
  • 「人間と動物」ではなく「非ヒト動物とヒト動物」または「非ヒトとヒト」(また、非ヒト動物を順序として前に置く)
  • 「これ・それ・あれ」ではなく「彼女/彼」(「彼」のみではなく、かつ「彼女」を前に置くことは性差別的言語を避けることになる)(非ヒト動物の性別が分かっている場合には、その性別に合う表現を用いる)
  • 「何か」ではなく「誰か」
  • 「屠殺する」ではなく「殺す」「殺害する」
  • 「肉」ではなく「(非ヒト動物の)死体」「臓器」「屍肉」
  • 「ペット」ではなく「(ヒト以外の)コンパニオン」*6

避けるべき表現

(以下の表現は望ましくないので、一部をアスタリスク(*)で隠している)

  • 「○○は人間並みに賢い」(人間中心主義的)
  • 「まるで人間のよう」(人間中心主義的)
  • 「人*以下」(人間中心主義的)
  • 「下等動*」(非ヒト動物に上位/下位があるかのよう)
  • 「○○は単*胞生物のよう」(人間中心主義的かつ非ヒト動物に上位/下位があるかのよう)
  • 「~のように○○」(~には、豚、牛、鶏など、○○には人の行動:食べるなど)
  • 非ヒト動物に対して差別的なことわざ、慣用句、隠喩(メタファー)
    • 「負け*(の遠吠え)」「ビ*チ(雌*)」「○○の*(従者の意味)」
    • 「野次*」
    • 「腐っても*」
    • 「猿*居」「猿*恵」「猿*似」
    • 「*頭」「チ*ン」

以上で提示した具体例は非網羅的であり、体系的でもない。しかしこれらの例が、個々人が「これは種差別的言語だろうか?」と考えるきっかけになり、実際に非種差別的言語を使用することにつながれば幸いである。*7

*8

参考文献

日本語で種差別的言語について解説している文献はほとんどないが、アダムズの以下の文献は示唆的である。

種差別と言語について網羅的に述べている文献は Dunayer の以下の文献である。

  • Joan Dunayer (2001), Animal Equality: Language and Liberation, Ryce Pub

また Dunayer は、以下の文献で性差別的言語(言葉)と種差別を結びつけて論じている。

  • Joan Dunayer (1995). Sexist  words, speciesist  roots. In Animals and women:  Feminist theoretical ex-plorations, pp.11–31. Duke University PressDurham

こうした反差別的言語使用や言語における差別を巡って、様々な研究がある。以下の文献は言語における性差別(的バイアス)について概説している。

*1:「種差別」については以下の記事を参照してほしい。

mtboru.hatenablog.com

*2:日本語だと主語を省略できるため、「彼は」を使わずに表現することも可能だろう。

*3:こうした議論に反感を覚える人もいるだろう。私もその直観は共有する。言語表現から実際の認識を推論するのは、しばしば誤っているだろうし、飛躍が大きいことは否めない。こうした議論は経験的証拠に基づいて調査しなければならない。私はこれに関して間接的な証拠を持っているが、今は提示できない。

*4:英語においてもこれは同様である。次の論文はコーパス言語学の観点から「屠殺する "slaughter"」などの「殺害」に関する語を分析したものである。
Jepson, J. (2008). A linguistic analysis of discourse on the killing of nonhuman animals

*5:以下のサイトは現在は閉じており、それゆえアーカイブされたものを提示する。

*6:「コンパニオン・アニマル」という言い方もあるが、非ヒト(nonhuman)をつけない「アニマル」を避けた方が良いように思われる。

*7:私自身もこれまでの人生で多くの種差別的言語を使ってきただろうし、これからも気づかずに使うだろう。気をつけたい。

*8:最後に、いつでも種差別的言語を控えるべきだろうか?という問題がある。例えば「ペット」と「コンパニオンアニマル」に関して、「コンパニオンアニマル」という言葉を使うことでかれらが置かれている状況が改善されるわけではない。言葉だけを変えたとしても、社会が変わらなければ意味がない。しかし、非種差別的言語を用いることによって、改善されるべき状況が隠されてしまうのではないだろうか。こうした問題は非常に難しく、一般的に当てはまることを主張するのは困難だと思われる。現時点ではある程度はケースバイケースで考えるしかないだろう、ということくらいしか私には言えない。