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読書メモと勉強したことのまとめ。

証言の認識論的問題(SEP 1-3節, Leonard 2021)

 

Leonard, Nick, "Epistemological Problems of Testimony", The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Summer 2021 Edition), Edward N. Zalta (ed.), URL = <https://plato.stanford.edu/archives/sum2021/entries/testimony-episprob/>.

 

元記事は7つの問題をあげ、各問題にそれぞれ1節を割いている。この記事では1-3節を扱う。

  1. 還元主義と非還元主義:証言は正当化の基本的源なのか、それとも他の認識論的源の組み合わせに還元できるのか
  2. 伝達:証言は知識を生み出すことができるのか、それとも単に伝達することができるだけなのか
  3. 証拠との関係:聞き手が話し手の証言に基づいてpと信じることが正当化される時、聞き手の信念は証拠によって正当化されているのか。そして、もしそうなら、その証拠はどこから来ているのか

(元の記事の事例から、名前などを変えている)

後半はこちら。

mtboru.hatenablog.com

*1

 

1. Reductionism and Non-Reductionism

以下の二つのシナリオを考える。

  1. あなたの友人が、あなたの好きなスポーツチームが勝った(= p)とあなたに証言したとする。あなたは、その友人は非常に信頼できるスポーツ記者だと知っており、この時の彼女の言葉を疑う理由もないので、言われたことを信じる。
    • この場合、あなたがpと信じることは明らかに正当化される。 
  2. 一度も会ったことのない見知らぬ人に出会い、その人があなたにpと伝えたとする。あなたは、その人が真なることを話すかどうか知らないが、その人の伝えていることを疑う正当な理由もとくにない。よって、あなたはpを信じることにする。
    • この場合、あなたがpを信じることが正当化されるかどうかは、はっきりしない。

そこで、

第一の疑問:証言は正当化の基本的源泉なのか、それとも証言による正当化は他の認識論的源泉の組み合わせに還元できるのか。

  • 還元主義:証言的正当化(testimonial justification)を得るには、以下の肯定的理由(positive reasons)をもっていなければならない。
  • 肯定的理由:聞き手が話し手の言うことを信じることが正当化されるのは、次の時かつその時に限る。
    • (a)話し手の証言が信頼できると考える肯定的理由があり、その理由自体は最終的に証言に基づかない、かつ
    • (b)話し手の証言が偽であるか、あるいは真である可能性が低いことを示す阻却されてない阻却要因(undefeated defeaters)がない

還元主義の主な直観は、騙されやすさ(gullibility)への対処。話し手の証言を、真なることを話しているという肯定的理由なく受容するのはあきらかに無責任。

すべての還元主義者が肯定的理由を支持しているが、還元主義にはグローバルなものとローカルなものがある。

  • グローバル還元主義:証言の受容の正当化には、証言一般が信頼できる必要がある

この立場への三つの反論

  1. 証言一般が信頼できると考えるための非証言的根拠を得ようとする試みは悪循環か無限遡行する(aの証言を確認するためにbの証言を頼る必要があるが、bの証言を確認するためにcの証言を頼る必要があり……)
  2. 証言の受容に関する大量の事実に触れないと、証言一般に関しての事実を知ることができない
  3. 証言をあたかも統一された同質のカテゴリーとみなしているが、トピックによって信頼性が違うなど、様々な違いがあるので、それを考慮してはじめて信頼の問いが意味をなす

これらの問題を回避するための立場がローカル還元主義。

  • ローカル還元主義:証言の受容の正当化には、当該の話し手が今回信頼できる証言者であると考える非証言的理由を持つことが必要。

だが、この立場にも反論がある。

  1. 幼い子供が親の言うことを正当に受容できない(当の親の証言に関する非証言的理由を幼児は持ってない)
  2. 「S said that p」から「p」への推論を支持する非証言的理由がなくても、「p」という証言を信じることが正当化されることがある
    • 例:初めて訪れた国で、道に迷ってそこで初めて会った人に聞き、その人の証言を頼ることは正当化されるように思われる
  3. 社会心理学によると、人間は特定の証言の信頼性の判断があまり得意ではないので、肯定的理由をもつことがはるかに難しいことになり、証言的正当化がされるケースは考えられてるより少なくなる(これは還元主義一般への批判でもある)

以上の反論への再反論もいろいろ提案されているが、次に非還元主義に移る。

  • 非還元主義:肯定的理由は必要なく、阻却可能ではあるが証言を信じることへの推定的権利がある。
  • 推定的権利(Presumptive Right):もし話し手の証言が偽である、あるいは真である可能性が低いことを示す阻却されてない阻却要因を持っていない場合、聞き手は話し手の言っていることを信じることにおいて正当化される(あるいは保証(warranted)される)

非還元主義の主な動機は、還元主義関連の問題の回避、および、証言の正当化は、知覚と同様に、基本的な源泉のはず(他の認識論的源泉と比べて派生的ではない)だという考えによる。

反論としては

  • 例えば誰かわからないブロガーの証言など、問題の証言が嘘か、そもそも真である可能性が低いことを示す阻却要因はないが、しかし肯定的理由も持ってないとき、その証言を受容するのは不合理

最後に、ハイブリッド説がある。例えば、子供の証言的正当化の問題を回避するために、発達段階にある人は非証言的肯定的理由を持つ必要はないが、大人は持つ必要がある、とするなど。他にもいろいろな立場と議論がある*2

 

2. Knowledge Transmission and Generation

二つのシナリオを考えよう。

  1. Gはパン屋が閉店したことを知っている。Gはあなたにパン屋が閉店した伝えた
    • すべてがうまくいけば、あなたもそのパン屋が閉店という証言的知識を得ることができるだろう。
  2. Gはパン屋が閉店したことを知らない。それにもかかわらず、Gはとにかくパン屋が閉店しているとあなたに証言した。また実際にパン屋が本当に閉店しているとする。
    • もしあなたがGの証言に基づいてパン屋が閉店していると信じるようになるなら、その信念は知識となり得るか?

ここでの疑問は、

第二の疑問:証言は知識を生み出すことができるのか、それとも単に伝達することができるだけなのか?

(なお、正当化は生成できるが、知識は伝達しかできない、というような立場もある。)

伝達説によれば、証言的知識は、話し手から聞き手に伝達される。十分条件と必要条件は以下の通り。

  • TV-S: 任意の話し手Aと聞き手Bについて、もし
    • Aはpだと知っており、かつ
    • BはAの証言に基づいてpを信じるようになり、かつ
    • Bはpを信じることへの阻却されてない阻却要因を持ってない、その場合
    • Bもpを知るようになる
  • TV-N:任意の話し手Aと聞き手Bについて、BがAの証言に基づいてpを知るのは、Aがpを知っている場合に限る

主な動機は、記憶による知識との類似性。私がある時点でpを知っていなければそれ以降にpに関する記憶的知識を得ることができないように、あなたがpを知っていなければ、私はあなたからpに関する証言的知識を得ることができない。

この立場にはいろいろな批判がある。

  • TV-Nに対しての反例
    • 反例1:創造論者だが授業で進化論を教える教師(進化論を信じてないので、進化論を知らない人)の、進化論からでてくるpについての証言に基づいて、生徒がpを信じるようになったケース
      • 教師はpを知らないので、TV-Nによれば生徒は教師の証言からpを知ることはないが、この例では生徒はpを教師の証言から知ることになると思われる[つまり証言によって知識を生成するケースだと思われる]
      • そうだとすれば、TV-Nは偽
    • 反例2:Aは何でも信じる人だとする。Aは薬の副作用で一時的に視力が落ちると医者に言われたが、実は医者は間違っており、視力が落ちていなかったとする。Aはなんでも信じるので自分の視力低下を信じている。その後、Aは駐車場でアナグマを見つけ、自分の視力が落ちていると信じているにもかかわらず、(何でも信じるので)アナグマを見た(= p)という信念を形成してしまう。そしてpをBに話した。
      • 医者の証言は、Aのpという信念の正当化への阻却要因である[ので、Aはpを知らない]。
      • しかし、Bには、Aが信頼できる証言者だという肯定的理由があると思われるので、BはAの証言に基づいてpを知るようになると思われる。[つまり、証言によって知識を生成するケースだと思われる]
      • そうだとすれば、TV-Nは偽
  • TV-Sに対しての反例
    • HはSの言うことを何でも信じる。SはHにpだと正直に証言し、それに基づいてHはpを信じる。また実際にpだとする。[よってSはpだと知っている。]
      • Hは反対証拠(counterevidence)に鈍感なので、Hの信念が知識に相当するとは思えない[が、HはTV-Sの条件を満たしているので、Hは知識を持つことになってしまう]
      • よって、TV-Sは偽

 

3. Testimony and Evidence

次のシナリオを考えよう

  • あなたの友人は、お店が開いているとあなたに証言する。あなたは、その友人がこの種のことに関していつも正しいことを知っており、また、今回、その友人の伝えていることを疑う理由もないので、伝えられたことをそのまま信じる。

あなたの信念が正当化されているのは認められる。ではどう正当化されているのか。ここでの疑問は、

第三の疑問:聞き手が話し手の証言に基づいてpと信じることが正当化されるとき、聞き手の信念は証拠によって正当化されるのか。そして、もし聞き手の信念が証拠によって正当化されるのであれば、その証拠はどこから来るのか。

証拠説によれば、聞き手の信念は証拠によって正当化されるが、その証拠に関して二つの立場(還元主義的見方と継承説)がある。

還元主義的見方によれば、別の認識論的源泉(記憶能力、知覚能力、推論能力など)の組み合わせに還元できる。つまり、聞き手の証言に基づく信念は、証拠によって正当化され、この証拠は聞き手の推論からきている。

継承説(Inheritance View)によれば、聞き手の信念は、話し手が提供する証拠によって正当化される。

  • 継承説:もし聞き手が話し手の証言に基づいてpであると信じることの証言的正当性を獲得するなら、聞き手のpという信念は、話し手がpであると信じることを正当化している証拠が何であれ、それによって正当化される

この立場を支持するような例。

  • お店の様子があなたの場所からは見えないので、友人に頼んで見てもらい、教えてもらったとする。
    • 友人の信念は知覚に基づいて正当化されており、その証言によるあなたの信念もまた、友人の知覚に基づいている[友人の知覚的正当化を継承している]
  • 友人が文句なしのアプリオリな推論に基づいて数学の定理Tを証明し、それをあなたに証言したとする。
    • 継承説によれば、あなたのTについての信念もまた、友人の文句なしのアプリオリな推論に基づいている

継承説の問題点は二つ。

  1. 話し手の証拠がpを信じることを正当化しないにもかかわらず、聞き手がpを信じることを証言によって正当化できるようになるという事例がある
    • 先ほどの視力検査の事例で、今度は逆に、Aは医者の言うことを不合理にも信じず、pを知覚に基づいて信じたとする。Aのpを信じることの正当化に対して、医者の証言は[偽であるが]Aにとって阻却要因。
      • BはAの証言に基づいてpを信じ、またこの例では、Bはpを信じるための証言的正当化を得ていると思われる(Aの証言を信じない理由がないので)
      • しかし、継承説ではこれを説明できない(Aは自身の阻却要因を無視して証言しているから)
  2. 複数の話者の証拠が重要な意味で衝突している場合がある
    • 二人の刑事(SとT)がある事件を調査したところ、SはAが犯人であることを支持する証拠を、TはBが犯人であることを支持する証拠を得て、SとTはそれぞれ、犯人は一人であると推論した。
    • あなたは、SとTからそれぞれ、犯人は一人だという証言を受けるが、その根拠は説明されてないとする。
      • ここであなたが、犯人は一人だと信じるのは正当化されていると思われる
      • しかし、それぞれの証言の証拠を引き継ぐと、[犯人は一人ではなく二人(AとB)であることを支持しており、よって、]犯人は一人だと信じるのは正当化されないという意味で、証拠が衝突している

非証言説には主に二つの立場(保証説と証言的信頼性主義)がある。

  • 保証説(Assurance View):証言の交換で得られる間個人的(interpersonal)関係のために、もし聞き手が話し手の発言に基づいてpを信じることを証言的に正当化するなら、聞き手の信念は話し手の保証(assurance)によって少なくとも部分的に正当化され、この保証は本質的に非証拠的なものである

間個人的関係が確立されているのは、次のような条件が成り立っているときである。

  • 伝える(Telling):SがAにpであると伝えるのは、次のときかつその時に限る
    • (i)Sがpを主張する際に、Aは、Sが以下のことを意図している、ということを認識している
      • (ii)Aがそのpを信じる認識論的理由を得る[ことを意図し]、かつ
      • (iii)Sの(ii)の意図をAが認識する[ことを意図し]、かつ
      • (iv)AがSの(ii)の意図を認識した直接の結果として、pを信じるための認識論的理由にアクセスできる[ことを意図している]

話し手が聴衆に「pは真である」と伝えるとき、単にpを発話するだけではなく、聴衆に「pは真である」と信頼させる、つまり、pが事実であることを聴衆に保証しているはずである。具体的には、聞き手が証言的正当性を得るには、話し手がpが真であると伝えなければならない。

ではなぜ証言は、証拠ではなく、「伝える」という発話行為の観点から理解されるべきなのか。この立場の支持者によれば、証拠の一部は、誰がどう意図したかにかかわらず、命題pを支持するものとしてみなせる。しかし、話し手がpを保証することは、話し手が意図したからこそpを支持するものとしてみなせる(意図せずに保証することはできない)。よって、証言に基づく信念の正当化の保証は非証拠的。

保証説の問題点は二つ。

  1. 非証言的保証が実際にどのように信念を正当化できるのか不明
    • 例:友人があなたにpと伝えるとする。しかし、Eがその会話を盗み聞きしていた。友人はEに対して伝えてないので、Eに対して保証していない。あなたとEの様々な背景状況は共通しているとする。
      • あなたには保証は与えられ、Eには保証が与えられないが、ここでの保証は認識論的に余計。なぜなら、あなたとEの信念の認識論的地位に違いがないから
  2. 「伝える」の条件を全て満たすには、あなたは高階の態度を持たなければならないが、発達過程にある一部の人(幼児や自閉症の人)にはそれが困難

二つ目の非証拠説は、

  • 証言的信頼性主義:聞き手の証言的正当化は、聞き手の証言に基づく信念の生成に関与するプロセスの信頼性からなる

ここには二種類のプロセスがあり、どちらか、あるいは両方のプロセスを正当性と関連づけるかどうかによって立場が分かれる。

  1. 話し手の証言の生産に関わるプロセス(真なることを伝える可能性)
  2. 聞き手の証言の消費に関わるプロセス(騙されること等の兆候を監視できるようになるまでのプロセス)

証言的信頼性主義の問題点は以下の二つ。

  1. これらのプロセスのうち、どちらが聞き手の証言の正当化に関係するかを特定しなければならない(信頼性主義の一般性問題に通じている)
  2. 一人の聞き手と二つの情報源があるケースの説明が困難
    • 実際に信頼できる証言者Rが、道路1の交通状況が悪いとあなたに伝え、また別の実際には信頼できない証言者Uが、道路2の交通状況は問題ないとあなたに伝えたとする。そして、あなたには一方を他方より選好する理由がなく、あなたが知る限りではRとUは同じくらい信頼できる証言者であるとする
      • 話し手に注目すると片方(U)は信頼できない。
      • しかし聞き手の観点では、片方だけを信じることを正当化することはおかしい

ハイブリッド説もある。還元主義と信頼性主義の組み合わせ、さらに継承説も組み合わせるなど。

 

後半に続く。

mtboru.hatenablog.com

*1:認識論一般に関しては以下の本を参照(証言の話は二冊目の方に簡単な議論がある)。

また、還元主義と非還元主義の議論は以下の論文で読める。

Kyoto University Research Information Repository: 証言の認識論--還元主義と反還元主義

*2:追記(2022-6-14):ハイブリッド説というのはよくわからないので、ここではLackey (2008)の整理を見てみる。還元主義は、非証言的肯定的理由は証言的正当化に(必要かつ)十分だという立場である。非還元主義は、肯定的理由は証言的正当化に必要ではないという立場である。よって、この間の立場、つまり、肯定的理由は証言的正当化に十分ではないが必要である、という立場が考えられる。Lackeyはこの立場をとる。