- 1 はじめに
- 2 R・RyderとP・Singerの「種差別」
- 3 RyderとSinger以後
- 4 「種差別」をどう定義すべきか?
- 4.1 記述的定義と評価的定義
- 4.2 広い定義と狭い定義
- 4.3 「差別」を含む定義と含まない定義
- 4.4 「種差別」を定義する
- 5 まとめ
- 参考文献
1 はじめに
「種差別 speciesism」という単語が生まれて40年以上が経過した。英語圏ではそれなりの広がりを見せており、哲学や倫理学ではもちろん、社会科学においてもわれわれの種差別的偏見や種差別的バイアスの研究が徐々になされつつある(e.g. Everett 2019)。しかし、以下でみていくように、「種差別」という語や種差別概念が正確に理解されているとはいいがたい(Albersmeier 2021)。そうした中、Hortaの「種差別とは何か?」(Horta 2010)を皮切りに、「種差別」を定義しようという試みがいくつかなされている。本稿では「種差別」の歴史を簡単にみたあと(2、3節)、近年の「種差別」の定義を巡る論争を整理し、望ましい「種差別」の定義を提示する(4節)。
本稿では種差別という語を表す場合に「種差別」という表記を用いる。また以下では「種差別」の使われ方、定義のされ方を概観していくが、本稿ではHortaとAlbersmeierによる区別を用いる(Horta and Albersmeier 2020)。かれらは「種差別」を2つの軸で分類する。
- 記述的定義と評価的定義
- 広い定義と狭い定義
ここで記述的定義では、「種差別」という語を、事実として動物種間での扱いが異なるということにのみ言及しその是非を含意しない語として定義する。一方評価的定義では、その異なる扱いが不当であるということも含意するように定義する。評価的定義であっても記述的な内容を含むため、純粋に評価的であるのはありえない。また広い定義では、種差別の根拠や理由を問わず動物種間で扱いが異なることを意味し、狭い定義では何らかの根拠(例:種が違う、能力に差があるなど)に基づく異なる扱いであることを要求する*1。
*1:追記(2021-07-22):狭い定義は、いわゆる直接的差別であり、広い定義は直接的差別と間接的差別のどちらをも含むものとして理解されるかもしれない(Altman 2020)。しかし狭い定義の内実によっては直接的差別ではない可能性もあるため、完全に一致するわけではないだろうと考える。