ボール置き埸

読書メモと勉強したことのまとめ。

『差別の倫理学のラウトレッジハンドブック』の「イントロダクション」(Kasper Lippert-Rasmussen)

 

本記事は、英米圏の差別の哲学・倫理学に関するハンドブックの導入の要約である。この章はハンドブックの各章の紹介になっており、また差別の哲学の広さが分かるようになっている(種差別に一切触れてないのは驚きであるが)。

日本語で議論を紹介している論文としては、例えば堀田の論文がある。

堀田義太郎. (2014). 差別の規範理論: 差別の悪の根拠に関する検討. 社会と倫理, (29), 93-109.

 

書誌情報

Lippert-Rasmussen, K. (2018) The philosophy of discrimination: an introduction. In The Routledge Handbook of the Ethics of Discrimination, Routledge, 1-16

www.routledge.com

導入 Introduction

  • 差別は重要なテーマである
    • 個人が受ける不利益や無礼な扱いが、差別に起因するものもあれば、差別に相当するものもある
    • (少なくとも)アメリカの公民権運動以来、そうした差別が前面に出てきた
    • 差別を理解することは、社会的不平等や政治・歴史を理解する上で重要
  • 差別の本質を明らかにしようとする学問は様々にある
  • このハンドブックにはこれらすべてが含まれるが、主要なレンズは哲学
    • 因果関係や記述的問題ではなく、概念的、規範的な問題を中心とする
    • しかし哲学と他分野の区別は明確ではない
      • 哲学においても経験的知識を必要とするし、他分野においても概念的・規範的前提を必要とする
  • 最近まで差別の哲学の文献はほとんどなかったが、増えつつある
    • Alexander, L. (1992) “What makes wrongful discrimination wrong?”, University of Pennsylvania Law Review 141: 149–219.
    • Cavanagh, M. (2002) Against Equality of Opportunity (Oxford: Clarendon Press).
    • Edmonds, D. (2006) Caste Wars: A Philosophy of Discrimination (London: Routledge).
    • Eidelson, B. (2015) Discrimination and Disrespect (Oxford: Oxford University Press).
    • Gardner, S. (1996) “Discrimination as Injustice”, Oxford Journal of Legal Studies 16: 353–368.
    • Hellman, D. (2008) When Is Discrimination Wrong? (Harvard University Press).
    • Hellman, D. and Moreau, S. (2013) Philosophical Foundations of Discrimination Law (Oxford: Oxford University Press).
    • Khaitan, T. (2015) A Theory of Discrimination Law (Oxford: Oxford University Press).
    • Lippert-Rasmussen, K. (2013) Born Free and Equal? (Oxford: Oxford University Press).

概念的問題 Conceptual issues

  • 差別の哲学の最も基本的な問いは「差別とは何か?」
    • 差別は見ればわかるのだから答える必要はない、と言うかもしれない
    • しかし「差別 discrimination」は様々な意味で使われる
      • 個人の扱いが違う、という一般的意味で使う人もいる
        • 具体的な意味での差別は、差別的な扱いに他の何かを付け加えたものである
  • 「他の何か」は不正義、全てのことを考慮した上での道徳的に許容不可能、道徳的異議性 objectinableness などがあるだろう
    • しかしこれらが「差別」の中心的な意味かどうかは定かではない

 

  • 第一章(Frej Klem Thomsen)と第二章(Tarunabh Khaitan):直接的差別と間接的差別との区別を検討
    • それぞれ哲学・法学の観点から検討し、両者ともこれらの区別は困難であるとする
    • 直接的差別:特定の社会的顕著集団の構成員であることを理由に人々を排除することを意図
      • しかし現在では反差別的規範が支配的になっているので、こうした差別はかつてほどではない
    • 間接的差別:排除の意図はないが、ルール、慣習、制度などが特定グループを排除するような設計になっているために実際に排除されてしまう
  • 第三章(Frederick Schauer):統計的差別と非統計的差別の区別を検討
    • 統計的差別:差別される集団の構成員についての統計的な信念に基づく差別
  • 第四章(Katherine Puddifoot):バイアスされた信念による差別(認識論的差別)を検討
    • 知識を持っている/いない、知識を与える/受け取る、証拠等に関する差別を検討
  • 第五章(Natalie Stoljar):交差性 intersectionality の概念について検討
    • 交差性の例:黒人女性(人種差別と性差別の両方を受ける)
    • 単一グループに焦点を当てた反差別に対する懐疑を検討

差別の不正さ The wrongness of discrimination

  • PartⅡでは、差別はなぜ不正なのかを説明する理論を紹介する
    • ここでは一元論的な説明としても、多元論的な説明でもできるかもしれない
    • すべての差別を包括する広義の説明としても、一部の不正な差別の不正さを説明する狭義の説明としても提案できるだろう
  • 第六章(Erin Beeghly):少なくとも一部の差別の形態は、それが伴う無礼さ disrispect のために、非道具的に不正である、という見解を主張
    • 具体的にどのような無礼があるのか、またすべての不当な差別が無礼である必要があるのか、に答える
  • 第七章(Deborah Hellman):差別の不正さを(社会的)意味に基づいて説明(貶価するdemeanから不正)
  • 第八章(Lena Halldenius):差別をすることとは、その人がどのように扱われるべきかとは無関係な irrelevant 理由で、その人を他の人に比べて不利に扱うこと
    • しかし「無関係」とはなにか?本章ではこれに答えるための課題を示す
  • 第九章(Andres Moles):差別とは、その人の功績 desert に関連付けずに扱うことである
    • これは前章の無関係さと結びつけることもできるが、別に論じることも可能
    • この考えは雇用市場における差別の不正さの説明に適している
  • 第十章(Peter Vallentyne):差別は権利侵害と結びつけられることがあるが、無道徳的 non-moral 意味での差別に対する一般的な権利は存在しない(というのを左派リバタリアンの立場から論じる)
    • 自己所有権の侵害などの権利侵害がないならば、差別が権利侵害になることはない
    • しかし差別は権利侵害以外の点で不正かもしれないとは言える
  • 第十一章(Carl Knight):機会の平等(や運平等主義)に訴える差別の理論を検討
    • そしてこれらに訴えた反差別論はうまくいかないので、優先主義的原則と形式的な機会平等に訴えた差別の不当性の説明を提案
  • 第十二章(Richard Arneson):害ベースの差別の不当性の説明を検討
    • 差別が不正であるのは、人々に危害を加えるから
    • しかし「害 harm」の概念は様々あるので、様々なバージョンが存在する
    • 無害ではあるが不正な差別のケースを検討して、議論を明確にする
  • 第十三章(Sophia Moreau):差別の不正さを権利ベースで説明
    • 主には自由を奪われることに不正さを求める
  • 第十四章(J. L. A. Garcia):徳倫理の観点から差別の不正さを検討

被差別者のグループ Groups of discriminatees

  • 関連する各被差別者に基づいて、異なる形態の差別を区別する
    • このパートでは、古典的差別、標準的差別、新しい差別を扱う
    • どれそれが重要だということを意図していないし、網羅的でもない
  • グループに注目する理由は3つ
    • 第一に、何が差別を不正にするのかの特徴を、比較して推測できる
    • 第二に、異なる集団に対する差別は異なる形態をとる
    • 第三に、「差別」が特定の種類の道徳的不正さを意味するなら、異なる集団に対する差別が同じ理由で不正であるかを検討するのは興味深い
  • 第十五章(Gina Schouten):女性(ジェンダーに基づく)差別を論じる
    • 筆者は「ジェンダー正義を促進するための最も有望な政策は、ジェンダーベースな差別の改善を目的とした政策ではない」と結論付ける
  • 第十六章(Patrick Shin):人種差別を調査する
    • 人種差別の不正さは、リスペクトベースの説明が最もよく説明できると論じる
  • 第十七章(Sune Lægaard):宗教差別を検討
    • この章の一部は宗教差別の概念を明らかにすることに費やされている
      • 宗教を理由とした差別と、宗教的動機にもとづく差別との区別
      • 「宗教」の定義は厄介であり、差別が宗教的なのかどうかで道徳的性質に違いがあるかを見極めるのも困難と論じる
  • 第十八章(Edward Stein):性指向 sexual orientation に基づく差別を論じる
    • 性指向とは何かを論じ、これが遺伝的・環境的要因が複雑に絡み合った結果であると論じる
    • 性指向に対する差別の2つの論拠:不自然さ、非生殖的 non-procreative を論じる
  • 第十九章(David Wasserman and Sean Aas):障がい者差別を検討する
    • 古典的な差別とは異なり、われわれの誰しもが障がい者になる可能性がある
    • 障がい者が直面する不利益は、社会的なものなのか、そして能力主義的差別がない世界でも不利益の一部は存在するのかどうか、などを論じる
    • 真に平等な機会だけでなく、障がい者に配慮した形での機会セットの変更が必要であると論じる
  • 第二十章(Juliana Bidadanure):年齢差別を検討する
    • 年齢差別は、高齢者に対するものが多く、これもわれわれの誰しもが受ける可能性がある差別である
    • 年齢差別の不正さを理解するには、単に機会平等な形式からでは難しく、関係的平等主義で補完する必要がある、と論じる
  • 第二十一章(José Jorge Mendoza):移民(や難民)に対する差別を検討
    • 難民危機 refugee crisis と言われる現状では特に差し迫った問題
    • 本章では、移民がある国に入ってからどのように扱われるか、ではなく、その入る前の出来事に注目して検討する(移民政策など)
  • 第二十二章(Garrath Williams):肥満者に対する差別を取り扱う
    • 人種差別等とは異なり、肥満差別は社会的に受け入れられている
      • 例:一般には、人種に対するジョークは認められないが、肥満者に対するそれは笑えるだろう
    • 肥満差別は許されるとする見解もある(自己責任論など)
      • 本章ではそのような合理化を検討する
  • 第二十三章(Xiaofei Liu):外見主義的差別 lookist discrimination を扱う
    • 上記の肥満差別と部分的に重なるが、肥満でなくとも「醜い」という理由で差別されることもあるし、逆も然り
    • 一般的には、個人的な領域で、外見に基づいて他人に対応を変えることにためらいはないだろうと考えられている
      • 本章ではこのような態度を問題視し、「新しい形の人種差別」とみなすことができる場合とできない場合を指摘
  • 第二十四章(Mari Mikkola):トランスジェンダーに対する差別を取り扱う
    • トイレへのアクセスに関連して最近注目されるようになった差別
    • トランスジェンダーに対する差別は、通常のジェンダー差別とは異なる部分がある
      • 一部のトランスジェンダーは、女性か男性かのどちらかであると知覚されているからではなく、どちらのカテゴリーにも適合しないがゆえに、不利な扱いを受けている
    • トランス・アイデンティティの脱病理化がなされない限り、差別は終わりそうにない、と論じる
  • このパートでは、労働者階級、社会経済的に底にいる人々に対する差別(階級差別 class discrimination)を取り上げていないが、これも重要である

差別の現場 Sites of discrimination

  • Part Ⅳでは、7つの異なる差別の領域に注目する
    • もちろんもっと細かく分類することもできるし、網羅的ではない
  • 様々な領域、差別の現場に注目する理由
    • 第一に、一般に差別と呼ばれているようなものが不正ではないことが分かった時、差別の定義を修正しなければならないかもしれない
    • 第二に、様々な差別の現場を調査することは、差別の不正さを一般的に説明する際の重要な背景となる(現場をみずに差別が不正だとわかるわけないだろう)
    • 第三に、差別の不正さを多元的に説明しても、異なる差別の現場には異なる不正さがあるかもしれない
  • 第二十五章(Sarah Gof):雇用差別を検討
    • 男女の雇用と所得レベルのパターンの違いから出発し、これを合理化する(不正ではないとする)議論を検討
    • 後半では雇用の不正さ、配分に関する様々な規範的基準を調査
      • 特に実績主義的 Meritocratic なそれを検討
  • 第二十六章(Gideon Elford):教育における差別を検討
    • 教育機会の分配における学力テストの使用、学力以外の理由による差別、の2つを検討
      • 前者:学力テストの使用は間接的な階級に基づく差別を伴う可能性が高いと論じる
      • 後者:男女別学の学校では、女子や男子に対する差別ではなく、単に女子ー男子間での差別が行われている可能性が高いと論じる
  • 第二十七章(Re’em Segev):法執行機関における差別を検討
    • 特に統計的差別、人種的プロファイリングを検討
      • 統計情報を用いた犯罪率調査や、 stop and frisk(武器を持っているかどうかを公の場で調査すること)を誰に行うかなどを検討
  • 第二十八章(Ronen Avraham):保険における差別を検討
    • 保険は差別とは無縁であると一般的にはされているが、しかし統計情報に基づいた差別(保険料の差など)の実践がある
    • これは前章のプロファイリングなどと同様の問題を提起している
      • リスクのある/ない保険加入者を区別することはビジネスには不可欠だが、その区別は[社会的に]有利なグループと不利なグループの区別にそれぞれ重なりがちである(不利なグループをさらに不利に扱う)
    • 保険の倫理について多因子的アプローチを論じる
  • 第二十九章(Nenad Stojanovic´):自由民主主義国家での政治・選挙領域における侮蔑的な意味での差別について概観する
    • そのような国家での選挙制度には差別がないと思われがちだが、実際には直接的・間接的な様々な形態の差別が存在する
      • 例:選挙区の人種希釈化 racial dilution of districts 、少数民族を代表する政党の禁止、男性・女性の大統領候補への偏見など
  • また最後に、以下の二つの章では、私的領域での差別を扱う
    • 国家などによる差別は許されなさそうだが、私生活での差別の権利を持っているのではないか?(宗教を理由にしたパートナー候補の選択権など)
  • 第三十章(Hugh Collins):差別が不道徳であることと、差別禁止法で禁止されることの違いを指摘
    • 私的領域での差別の多くは不道徳だが、法が干渉すべきではないかもしれない
      • では法の枠内/外での差別をどのように区別すればいいだろうか
    • 本章では国家行動と非国家行動の区別や危害原理の観点からこの区別を[擁護]する見解を検討し、これには不可解なところがあると論じる
    • 本章では3つの提案を検討する
      • 第一に、差別禁止法の目的は、ある種の差別が無関係 irrelevant になるようなものかもしれない(例:社会的排除を防ぐことにあるのであって、差別に関連するのではないかもしれない)
      • 第二に、関連するrelevant差別の形態は、差別禁止法の目的に該当するかもしれないが、義務を負う者の自由に対する不釣り合いな干渉を伴うかもしれない
      • 第三に、差別される側の権利と、差別する側の価値観を選択・表現する権利、のバランスを適切にとると、場合によっては後者が有利になるかもしれない
  • 第三十一章(Hugh Lazenby and Paul Butterfield):出会い系サイトでの差別について取り上げる
    • 本章の冒頭で、異なる人種間の魅力度評価の格差を示す統計を紹介する
      • ここからは人種差別が伺える
      • しかし、これは非常に個人的なことに関する差別であり、これが不当な差別であれば、ある種の個人的な差別も不当であるといいうる
    • 本章ではこのケースを使って、差別の不正さに関する様々な理論を検証する

差別をなくすことと軽減すること Eliminating and neutralizing discrimination

  • 差別とは何なのか、そしてなぜ不正なのかがわかったとしたら、差別の影響をなくすか、少なくとも軽減するために何をすべきかを問うのは当然だろう
    • なくすこと軽減することとは関連しているが、異なる
    • 差別に対処するには、差別の原因についての知識が必要である
  • Part Ⅴでは、以上の問題を取り上げる
  • 第三十二章(Jules Holroyd):差別に関する心理学の文献を調査(以下の3つのメカニズムに注目)
    • 第一に、内集団びいき
    • 第二に、暗黙のバイアス
    • 第三に、否定的なステレオタイプ(とその脅威)
  • 第三十三章(Julie Suk):アファーマティブ・アクションについて検討
  • 第三十四章(George Hull):多様性を促進するための政策を取り上げる
    • この政策はアファーマティブ・アクションと密接に関連しているし、アファーマティブ・アクションを多様性の促進の観点から正当化する議論もある
      • 本章では、多様性は、過去または現在の差別に対する救済策として求められるとは限らず、それらとは無関係に評価される場合もある、と論じる
    • 本章では、多様性とは何か、何が多様性につながるのかについても論じる
  • 第三十五章(Carina Fourie):差別をなくすには上記のような差別禁止政策だけでは不十分であり、われわれが、平等なエートス(倫理観)を身に着けるべきであると論じる
    • そのエートスがどのようなものであるべきか、具体的にはそれが反差別的規範をどのように構成するのかを調査する
    • また本章ではヘルマンの説明を修正することを試みる

差別の歴史 History of discrimination

  • 第三十六章(Robert K. Fullinwider):「差別 discrimination」という語の歴史を概観する
    • 差別は、過去には、不正な差別的扱いを表すのにほとんど使用されなかった
      • もちろんこれは、その時代に差別が存在しないことを意味しない
    • 差別概念を「異なる扱い differential treatment」に適用することは一般的になってきているが、この流れはどうなるだろうか?

結論 Conclusion

  • 以上のように、「差別」は興味深く複雑な哲学的問題を幅広く提起する
  • もちろん、このハンドブックには統一された見解はない
    • 著者らは学問的角度のみならず、様々なアプローチをしているし、様々な差別に言及している
  • 差別について多様な視点に触れることで、読者が自分なりの考えをもつきっかけになれば幸いである