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読書メモと勉強したことのまとめ。

青木人志(2010)「アニマル・ライツ」の読書メモ

 本記事は

  • 青木人志, 「アニマル・ライツー人間中心主義の克服?」, 愛敬浩二ら編(2010), 『人権の主体』, pp.238-256, 法律文化社
人権の主体 (講座 人権論の再定位)

人権の主体 (講座 人権論の再定位)

 

の読書メモです。動物の道徳的権利ばかり考えていたので、法的権利という観点で考えるのは私にとっては勉強してない分野だったので面白いなと思い、また他の人も参考になると思うのでメモを残しておきます。

 Ⅰではアニマルライツとは何なのか、そしてアニマルウェルフェアとの違いは何なのかが整理されています。Ⅱからが本旨なので、そこからのメモです。

 

 

Ⅱ アニマル・ライツの性質ー道徳的権利か法的権利か

1 道徳的権利としてのアニマル・ライツ

 アニマル・ライツの言葉の用法には3つある(ドゥグラツィア(2003)の分類に乗っ取っている)。

  1. 道徳的地位の意味:動物に何らかの道徳的地位を認める
  2. 平等な配慮の意味:動物に人間とほぼ平等の道徳的地位を認める
  3. 功利性を乗り越える意味:功利性のための犠牲にならない強い意味での道徳的地位を認める

だが、法的地位(権利)は最も強い3の意味での権利でも足りない。

2 法的権利が備えるべき条件

 法的権利が備えるべき条件として、ワイズ(2000)はホーフェルドに乗っ取って説明している。ホーフェルドの整理によれば、権利は次のことを内包している(長谷部(2008)のわかりやすい整理に乗っ取っている)。*1

  1. 「自由」:「「ある人(A)が他の人(B)に対し何かをする義務または何かをしない義務を負っていない自体を指して、AはBに対して権利を有するという場合」(逆立ちする自由、政治問題について発言する自由など)」
  2. 「請求」:「「ある人(A)が他の人(B)に対し何かをする義務、あるいは何かをしない義務を負う場合、BはAに対して、その義務の遂行を請求する権利を有すると言われる場合」(金を貸した相手に返済請求する権利など)」
  3. 「免除」:「「他の人(A)によって自分(B)の法的地位が変更されないこと、つまりAにBの地位を変える機能がないことを指して、Bに権利があるという場合」(憲法上の権利は立法により制約・縮減されないことなど)」
  4. 「権能」:「「ある人(A)がその意思によって自己あるいは他の人の法的地位を変えることができる場合にも、Aは権利を持つといわれる」(自己所有地の売買契約を結んで買主に引渡す義務を負い、買主に引渡しを請求する権利を生ぜしめることなど)」

さらに権利は多重性を持つ。谷口(1984)によれば、日照権を例とすれば(青木(2010, p.247) )

  1. 「原理的権利」:健康な生活を営む権利
  2. 「具体的権利」:日照権
  3. 「手段的権利」:隣地建物建設差止請求権

そして権利生成は手段的権利のレベルで必ず起こる。

 

3 法的権利としてのアニマル・ライツを構想する難しさ

 道徳的権利としてのアニマル・ライツを否定するのは難しいが、法的権利としては(我が国の法律学者らにとって)「突拍子もない」ことである。理由として(青木(2010, pp.248, 249) )

  1. 「アニマル・ライツ論のいう動物のもつ「権利」の内容があいまいで具体性を欠いていること。」*2
  2. 「アニマル・ライツ論は現行法の「解釈論」としては成り立たず、訴訟(裁判所)との接点を欠いているため、せいぜい「立法論」として語るしか方法がないこと。」
  3. 「アニマル・ライツを立法論として構想する場合も、「人/物」二元論のもとで動物を権利の客体にしかならない「物」と位置づけてきた方角の強固な基本思想に変容を迫るものであるために、容易には受け入れがたいこと。」

2について、解釈論として成立するためには、淡路(1998, p.7)によれば次のとおりである(青木(2010, p.250) )。

  1. 「同一の方を共有する社会において、ある利益を権利として主張する成員の要求行動があること」
  2. 「当該法社会において要求された利益を保護すべきだとする価値あるいは価値判断が社会的に広く共有され、あるいは承認されていること」
  3. 「主張されている利益が裁判所において承認されるためには、それが法技術的にいわば練磨されていること、つまり、それが実定法系の中で既存の法体系と大きな矛盾を来さずに組み込まれるように、法技術的あるいは法論理的にそれが精錬されていなければならないこと」

だが、これらは全て、アニマル・ライツが現時点でクリアするのは難しい。

 

Ⅲ アニマル・ライツの将来ー人間中心主義の克服

1 「人/物」二元論のゆらぎと動物法人論

 比較法的には、この二元論がゆらいでおり、1988年のオーストリア民法改正で「動物は物ではない」と明記。ドイツ民法やフランス民法も同様。さらに、フランスの現行民法の解釈論として動物には法人格が認められているという動物法人論が登場した。ただこれは、フランスが法人法定主義をとっていないなどの理由から為せることであり、日本では真似できない。とはいえ、日本も動物保護法によってアニマル・ウェルフェアの受容性が強く認めれるなど変化がある。動物法人論は法技術的な問題に帰着させることができるので、動物保護の問題を冷静に議論できる利点がある。

2 アニマル・ライツ論が人権概念に与える影響

 今後、法理論的・法技術的な議論を行わなければならない。これによって従来の「人権」概念に影響があるだろう。

 もし動物に人間と同等の権利を認めるならば、それは「人権」概念の拡張になる。やり方としては、①「人権」はそのままに、「人」の範囲を広げる、②「人権」概念を発展させ例えば「生命主体権」とし、その下位分類として「人権」と「アニマル・ライツ」を位置づける。

 人権概念が転覆させられるといった主張(Smith(2010) )も見受けられるが、逆にアニマル・ライツの検討を通して人権概念をより強固にしようという研究(藤井(2008) )もある。アニマル・ライツが「今後の人権理論や憲法学の発展に寄与するものであることは間違いない。」(p.255)

 

ここで紹介した青木が参考にしている文献は以下の通りである。

  • 淡路剛久(1998)「権利生成のための法解釈学ー環境権訴訟を例として」, 法曹時報50巻6号
  • 谷口安平(1984)「権利概念の生成と訴えの利益」新堂幸司編集代表『講座:民事訴訟②訴訟の提起』弘文堂
  • ドゥグラツィア, デヴィッド(2003)『動物の権利』岩波書店
  • 長谷部恭男(2008)『憲法[第4版]』新世社
  • 藤井康博, 2008, 2009 「動物保護のドイツ憲法前史(1)(2・完)ー「個人」「人間」「ヒト」の尊厳への問題提起1」早稲田法鉄学会誌59巻1号・2号
  • Posner, Richard 2000 "Animal Rights," Yale Law Journal, 527.
  • Smith, Wesley 2010 A Rat is a Dog is a Baby : The Human Costs of the Animal Rights Movement, Encounter Books.
  • Wise, Steven Rattling the Cage : Toward Legal Rights for Animals, Perseus Books.

*1:以下、青木(2010, p.247)から引用。おそらく長谷部(2008)から引用している。

*2:実現可能性まで視野に入れている批判があり(当然だろう)、Posner(2000)を例にあげている。例えば「アメリカ合衆国にいる権利をもつすべての動物のためにどのような種類の生息場所を作り出し維持しなければならないのか。」(p.249)など。